こまっちんぐ9後記 「ミソノイ・サイクル」御薗井智三郎さん

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浜松市という場で全国からも注目を受けるミソノイサイクルさん。
ここ浜松で経営をされている中で、「商い」と「ビジネス」の違いについて、まずお話をいただきました。

「ビジネス」が比較的無駄を省き、経営的な面を優先するとするならば、「商い」は、目の前に人がいて対話を必要とするもの、といいます。
対話の中には、その人が何を求めているのかを見ていく意識が含まれ、その姿勢は医者が患者に向う姿と同じものがあり、「カウンセリング」と捉えられています。

ミソノイサイクルさんには、関東圏のお客さんや、九州・北海道などの遠方より来店される方もいます。それは、ここでしか納得しないサイジングがあるからなのです。(サイジングとは、乗車する人と自転車とのフィッティングを行うことです。)
手間隙かけて行う姿勢が全国的な評判を呼んでいるのかもしれません。

最近では、来店するお客さんの層に変化が見られ、年配の方や女性の方も増えてきたそうです。20代後半のゲーム世代と呼ばれる若者も、外を感じたいということから来店されることも増えました。
また、ミソノイサイクルさんでは、以前より静岡大学のサイクリング部とも親交があり、最初から自転車が好きでやってくるわけではない人たちとの関わりも多いといいます。

「自転車」は生活に根ざした日常の中の乗り物である一方、非日常的な感覚を感じることのできる乗り物であったりもします。
それは、バイクや車にはない、その人それぞれにあった適度な速さと、周りの音や匂いなどを全身の五感を感じながら走れる、唯一の乗り物であるから、といいます。
自転車に乗り出して「もっと早く自転車に乗っておけば良かった。」という方も多いのも、この感覚に触れてからなようです。
「自転車」との出会いが、彼らの人生観を変えることもあり、国内の自転車ツアーにあきたらずアメリカ横断を行ってしまう人や、移住をしてしまった人もいます。

昔、日本が高度経済成長していく際に自動車の普及が進み、自転車は必要無くなるのではないか、とされたこともありました。しかし、今現在も身近にあるのは自転車が人間の感覚に一番近い乗り物であるためであり、歴史上、最古のものとされていることも、今現在も人を魅了してやまないことに関係するのかもしれません。

一方で、街に目を向けたお話もしていただきました。

日本において「街中の開発」となると、参考となる街並みを視察し、そのまま良いところだけを持ってきているように感じる、と言います。
その状態に行き着くまでには、人が居て、その場所で生活をしてきた歴史があり、そこから生まれてきた街の姿であることを忘れてはいけない、と言います。今ないものをヨソのモノで補うよりも、元々ある良いものを発見することが必要だ、と感じました。
そして意見を述べる者同士、毛色が違うものであり、意見が全会一致することは、本当は無いのかもしれません。100人いて1人意見が違っていれば、その1人の意見を抹消せず、その違いが何なのか皆で向き合い、検討するべきである、と言います。

その眼差しの中には、「人に意識をむけた姿勢」がどのような場にも必要であること、を私は感じました。
サイジングに見られる、乗る人と自転車とのフィッティングをする姿は、街への見方にも通じていると感じました。

(さとう)
日時:2011年9月7日(水)16:00~17:30
場所:たけし文化センターINFO LOUNGE(インフォ ラウンジ)
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by take-bun | 2011-10-12 19:21
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